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ぐら・こん同窓会 2017年2月25〜26日開催(合宿形式) 途中経過報告 原田てるお

2017/02/13 (Mon) 13:22:24

2月12日現在、計22人の参加申込があり、ほぼ合宿の定員に達しています。ただ今後の調整で1〜2人の追加が可能になる可能性もあるため、「ダメ元でもかまわないから申し込んでみたい」という方がいらした場合は、主催の原田(JAG11116@nifty.ne.jp)宛に御連絡いただけたらと思います。また現時点で元ぐら・こん支部長三名、元COM編集者四名が参加予定で、そのほか「まんが予備校」入賞作家、COM読者、まんが研究家の諸先生、旧COM座談会出席者などが合宿メンバーとなります。
同窓会当日のプログラムとしては「45年目のぐら・こん支部長報告」「元COM編集長からの御挨拶」「ぐら・こん担当編集者 大塚豊氏を偲ぶ会」「戦後まんが同人誌の流れを振り返る」「ぐら・こん出身作家が語るぐら・こん」「元COM編集者を囲むディスカッション」などを予定していますが、最終的には当日の発表となりますので御了承ください。
さらにすでに告知したように、参加者は25日午後3時に宿泊所のホテルに集合。各参加者の確認を行ったうえで参加費を集め、その後に食料の買い出しなどを行ったうえで(宿泊所は調理可能)同窓会を開始し、予約した三部屋(各8名収容)を使ってプログラムの実行や交流会、フリートーク、就寝などを行って26日の午前10時にチェックアウト。以後、参加希望の有志による懇親会をホテル近くの店で行う予定です。
以上を途中経過報告として、今後は18日前後を目安に、最寄り駅から宿泊所までの道行き案内等、当日の参加方法の詳細を記したインフォメーションを参加者全員にメール等でお伝えします。またそれとは別に同窓会についての質問等がある場合は、同じく「JAG11116@nifty.ne.jp」までメールで打診していただけたら幸いです。(原田てるお)

「ぐら・こん同窓会」当日参加案内 原田てるお

2017/02/20 (Mon) 15:13:22

●「ぐら・こん同窓会」当日参加案内

同窓会参加者各位に、25日当日の御案内をさせていただきます。集合場所は宿泊所となる「Raku Haku inn 東京」(東京都葛飾区新小岩2-8-15・☎03-5879-3230・ホームページ https://www.rakuhaku-inn.com)の前、時間は午後3時ちょうどまでにお集まりください。そこで名前の確認と参加費(宿泊費)¥4000の受領を行うと共に、泊まっていただく部屋(8人部屋✕3)に御案内いたします。
そのうえで午後3時30分から他界された大塚豊さん(ぐら・こん担当編集者)の追悼を行うと共に、ゲストとして参加予定の石井文男・元COM編集長からの御挨拶をいただき、以下のプログラム(当日発表)につなげさせていただきます。なお石井編集長は御高齢のため、当日の体調によっては不参加となることもありますので、あらかじめ御了承ください。
またJR新小岩駅からRaku Haku inn 東京までは徒歩3分ほどですが、道順がわかりにくいので以下で説明させていただきます。
まず新小岩駅南口(電車の進行方向、秋葉原に向かって左側)を出て、駅を背にロータリーを左に進み、すぐの所の信号を右に渡ると、駅の下をくぐって東南に向かう広い通り(平和橋通り)の先(東南方向)の左側に「正栄不動産」の看板が見えます。その看板手前を左に曲がると、10メートル先に「マツヤ住宅」の看板が見えますから、その看板の店の所を右折して30メートル進んだ左側の、ビル一階の出入り口に「Raku Haku inn 東京」と大きく書かれています。
なお25日と26日の食事については、近隣が繁華街のためそれぞれ外食していただければと思いますが、宿泊所の部屋がマンションそのままでキッチンや電子レンジ、冷蔵庫その他が完備していますので、希望者を募ってお金を出し合って食材を買い込み(スーパーが近くにあります)、みんなで自炊したいとも考えています。また予約した三部屋のうち、二つを企画と集会に用い、残る一つを就寝部屋に(ユニットバスですが風呂も入れます)。また全室禁煙で、喫煙は3階の喫煙スペースでお願いします。
翌26日は午前10時がチェックアウトなので、その前に宿泊所を出て散会となりますますが、その時に希望者を募って、近くのレストラン等(会場未定)で参加者どうしの懇親会を行う予定です。こちらもふるって御参加ください。以上、開催前の最終連絡とさせていただきます。

なお緊急の場合は主催者の原田の携帯(080-3690-4480)に連絡してくださいますようお願いいたします。

                             2017/2/20・原田てるお(霜月たかなか)

『「ぐら・こん」同窓会の』特設ページを更新しました - ぐら・こん運営委員会

2016/12/29 (Thu) 17:12:00

『「ぐら・こん」同窓会の』特設ページを更新しました。

●「ぐら・こん」同窓会2017(と大塚豊追悼式)開催のお知らせ●
を掲載しました。

よろしくお願いします。

Re: 『「ぐら・こん」同窓会の』特設ページを更新しました - COMファン

2017/02/02 (Thu) 16:53:03

続報があると思っていましたが
これではどうなっているのかまったくわかりません
すでに申し込みは締め切られたようですが
このまま報告も何も無いのでしょうか

Re: 『「ぐら・こん」同窓会の』特設ページを更新しました 原田てるお

2017/02/13 (Mon) 13:24:54

続報が大変遅れて申し訳ありません。「ぐら・こん同窓会 2017年2月25〜26日開催(合宿形式) 途中経過報告」をこの掲示板の新たなスレッドとして立てましたので、そちらを御参照いただけたら幸いです。
よろしくお願いいたします。

Re: 『「ぐら・こん」同窓会の』特設ページを更新しました - COMファン

2017/02/17 (Fri) 20:32:11

原田様、続報ありがとうございます
参加不参加は関係なくCOM関連の集まりに興味をもっている人もいると思うので主催者や参加者の同窓会のレポも掲載していただけると嬉しいです

『「ぐら・こん」同窓会の』特設ページを新設しました - ぐら・こん運営委員会

2016/05/19 (Thu) 21:48:47

『「ぐら・こん」同窓会の』特設ページを新設しました。

よろしくお願いします。

「ぐら・こんの遺伝子」を更新しました - ぐら・こん運営委員会

2016/02/27 (Sat) 18:21:39

数年ぶりの更新になってしまい申し訳ありません。

「ぐら・こんの遺伝子」の「あっぷる・こあ」に
「あっぷる・こあ復刻版」掲載しました。

願望を込めて「あっぷる・こあ復刊準備号」とさせていただきました。


それではよろしく。

無題 - 飯田耕一郎

2016/02/19 (Fri) 23:16:56

神江里見さんが亡くなられました。

やっぱり、当時付録のぐら・こんで神江さんの作品を見たときは本当にうまくて驚きましたよね。

スタジオシップでの「弐十手物語」は果てしなく長い作品でしたが、自分にとってはあの時の神江さんの作品がいつもずっと残っておりました。

ご冥福をお祈り申し上げます。。

無題 - 中島隆

2015/12/31 (Thu) 11:31:11

あっぷるこあ復刻版、A5版96P。400円分の切手を送って頂いたら、郵送します。
あっぷるこあ申し込み専用アドレスreissueapple@yahoo.co.jp
掲載作家、樹村みのり、やまだ紫、芥真木、雑賀陽平、竹内オサム。あっぷるこあを作る事になった経緯も詳しく描いています。もはや古書になった本を、もう一度見て頂けるようにしたいと思い頑張って作りました。亡くなられたやまだ紫さん、雑賀陽平さんへの思いも、大きな動機でした。

Re: 無題 - 飯田耕一郎

2016/01/30 (Sat) 18:40:11

あっぷるこあ復刻版、おめでとうございます!

当時もこのメンバーはすごいなぁと思っていたのですが、こうしてあらためてみても貴重な作家陣であります。

個人でああいう形を進めていくのはやはり大変です。今と昔は大きく事情が違いますね。いまはホントに便利になってますが、まあでも手作りの苦労がなんだか懐かしいようでもあります。

芥さんの回想で、描かなくなった事情を初めて知りました。でも、こちらはもっと読みたかったのですがw。

西沢くんが書いてるように、あの頃が何かといえば、それは情熱なんですよね。情熱によって我々は動いていたので、失敗や苦労があっても財産になっている感じです。いやほんとに濃い時代でした。
貴重な復刊です!

ご無沙汰しております。 - 飯田耕一郎

2015/12/11 (Fri) 00:32:33

申し訳なくも、年月の過ぎるのが早すぎて、時々寄らしてもらうつもりのこの掲示板も、気が付くと間が空いてしまっているので本当に困ったものです。

野口さんと中島さんのやり取りも興味深いです。

実は、ここ数か月前に本の整理をしていたら、まとめて昔の日記が出てきました。ほとんど恥ずかしい内容なのですが、マンガの当時の資料的価値も少しあります。野口さんのように記憶力があればいいのですが、自分はほとんど忘れているので昔のことに感心がなかったのですが、その日記でわずかに当時のことが蘇ってきました。

そうしたら同人関係の方からなんと昔のことを書かないかというお誘いがタイミングよくやってきました。

なのでこれから少し当時の事を書いていこうと思っているのですが、記憶の抜けを確認するために相談、あるいは皆さんの書き込みを参考にさせてもらうこともあると思いますが、どうぞよろしくお願いします!



Re: ご無沙汰しております。 - 中島隆

2015/12/16 (Wed) 16:08:36

日記が見つかったとは、よかったですね。ぜひ、昔の事を書いて下さい。そして、僕らにも読めるようにして下さい。
僕の方も、「あっぷる・こあ」復刻版を作りまして、近々に、詳しくお知らせします。こちらも是非皆さんに見て頂きたいです。

Re: ご無沙汰しております。 - 飯田耕一郎

2015/12/23 (Wed) 23:24:56

先日、陸奥A子展に行ってきましたが、
陸奥A子さんは同人「あず」に参加されてたんですね。
そんなことが書いてあって米沢氏と名前が並んでました。

いろんなことがあの頃につながってます。
少し自分も参加してみますので期待はしないでいいですが、これからあれこれよろしくです!

Re: ご無沙汰しております。 - 飯田耕一郎

2015/12/23 (Wed) 23:26:12

あ、「あっぷる・こあ」復刻版、楽しみにしてます!

大阪でトークショー - 中島隆

2015/11/18 (Wed) 16:26:12

12月6日14時から、大丸心斎橋店北館14階サブステージでやります。出席者は、大塚豊、夏目房之介、霜月たかなか、僕です。司会は京都国際マンガ研究センター研究員雑賀忠宏。タイトルは「大阪発漫画革命ー手塚治虫から青年マンガへー」と大層ですが、大塚さんからCOM編集者の面白い話を聞こうと言うのが僕の考えです。
どなたでも、もし聞きたい事があれば、この掲示板に書いて下さい。僕が聞きますので。

無題 - 風野気まぐれ URL

2012/06/13 (Wed) 22:52:23

永島慎二7周忌かとおもいだして 某所に書き込んでたら、友人から Mixiで遺作展でファンが集う会合も用意されてるよ!と 連絡を受け、ずっと放置のMixiにInして、この終刊号のことをしりました。

で、本日終刊号ゲットしました!
拍子抜けの部分と、「おお!」って部分の両方ないまぜで 拝見しています!

編集・制作 おつかれさまでした。

津島修二・篝じゅんさんだったかの 伊豆娘あたりなどが 表紙だけでもみたかったかな

Re: 無題 - 中島 隆

2012/06/20 (Wed) 18:07:19

風野気まぐれさん
Mixiでお知りになりましたか。
拍子ぬけと「おおっ」っと言うのは、同感です。
篝じゅんさん記憶されてる方、これで二人目ですね。
どんなだったかなあ。ご存知の方、お教えください。

話はかわりますが、
24日お茶の水の明治大学で、日本マンガ学会の
「まんが同人誌について語る」シンポジウムがあります。
出席者は、真崎守、霜月たかなかさんらで、司会が村上知彦さんです。
学会員でないと入れないかもしれませんので、詳しくはマンガ学会ホームページを見てください。
面白い話が出たかは、あとで、霜月さんに聞きましょうか。

Re: 無題 - 風野気まぐれ URL

2012/06/23 (Sat) 00:55:27

24日か 奈良からなので 行けなくはないけど この時間となっては むりだな!
Mixiで 最中さんが またレポートしてくれそうだから
そのへんで我慢します!^^

8月が青柳氏だったはずだし やまだ・岡田等々 みな早いっすすこしばかり

日本マンガ学会大会シンポジウム 霜月たかなか

2012/06/25 (Mon) 12:55:32

昨日の6月24日、東京・御茶ノ水の明治大学で開催された日本マンガ学会大会のシンポジウム第1部「マンガ同人誌の歴史と役割」に招かれ、パネラーとして参加してきました。ほかのパネリストは司会が「迷宮」時代からつきあいのある村上知彦氏[神戸松蔭女子学院大学教授]、そして元「ぐら・こん」のオピニオンリーダーの真崎守氏[まんが家]、「やおい」の元祖となる同人誌を作った波津彬子氏[まんが家]、同人誌即売会・コミティア代表の中村公彦氏の全部で5人で、時間はトータル二時間と少し。
まんが同人誌の歴史を遡って、真崎さんから話が始まり、コミケに参加した時の感想やCOMとの関わりなどを思いつくままに語られた後、こちらの番となって「迷宮」が「ぐら・こん」の失敗を乗り越える形でコミックマーケットを創設したこと、それにはミニコミブームや青焼きコピー機の普及などの時代背景があって成功したことなどを話させてもらいました。以後波津さん、中村さんがそれぞれ話され、質疑応答を行なって第1部を終了。お昼を少し回ったころだったでしょうか。ホールの席を6割ほど埋めた聴衆のなかにはまんが評論家、研究家、コミケ関係者、ジャーナリストなどもかなりいて、元COM編集者の飯田耕一郎氏や作画グループのばばよしあき氏・みなもと太郎氏らの顔も見られました。シンポジウムのなかで「ぐら・こん」について多くが語られたわけではありませんが、戦後から始まるまんが同人誌の歴史を語るうえで、大きな節目となる組織であったことには変わりありません。自分がコミケの初代代表という肩書きで語ることはこれが最後になるかもしれませんが、マンガ学会が作られ、同人誌について大学の大ホールで語る時代が来るなどとは夢にも思っていなかっただけに、妙な感慨にとらわれてしまったことも付け加えておきたいと思います。

そして午後からはシンポジウムの第2部「二次創作の可能性と課題」が開催され、藤本由香里氏[明治大学国際日本学部准教授・少女まんが評論家]の司会で赤松健氏[まんが家・Jコミック主宰]、井上伸一郎氏[角川書店代表取締役社長]、福井健策[弁護士]、三崎尚人[同人誌研究家/まんが評論家]の各氏が語られ、タイムリーな話題だっただけに大いに盛り上がりました。聴衆も第1部の二倍近くはいたでしょうか。その様子については以下のツィッターで細かく語られているので、興味のある方は御覧ください…というところで、ひとまずの報告とさせていただきます。

http://togetter.com/li/326199

Re: 無題 - 風野きまぐれ URL

2015/06/25 (Thu) 19:28:28

津島修治の伊豆娘は切り抜きでとっておいたのはあったのですが
篝じゅんのがCOMのどの号に載っていたのかが全く思い出せません。
COMだったのかCOMコミックスなのか?も不明です。
間違いなくCOM(コミックス含む)に乗ってたはずなんですが・・・。

篝じゅんのことに興味持ってるひとや尋ねて答えてもらえるところなんてまずないと思いますので 古い投稿への返信でここに書かせてもらいます。
COMコミックスを10号程度持ってる方に見てもらっても 掲載はないとのことでした。
ほんとに掲載されてたのかさえ あやふやになってきてますww

そんな調べてたとき
昔もっていた72年の美術手帳 別冊:劇画に 篝じゅんの作品が 掲載されていることがわかり、その本人がかいてるブログも見つけてしまいました。
http://www1.ocn.ne.jp/~ungura/can_beer.html

篝じゅんの一情報として 書き込んでおきます。

『ビランジ』の校條さんインタビューを読んで 野口 勲 URL

2015/05/16 (Sat) 15:25:19

雄山閣時代の話と、桑田常務が校條さんを虫プロに入れたというのは初耳でした。肝心のCOM、虫コミ時代の話は、特に新発見はなかった。
僕がどうしてCOMに何度も関わったかというと、辞めてから何度も校條さんに呼び出されたからなんです。
はじめのうちは山崎出版部長追い落としの相談だったり、虫コミで「原作者がゴネてるから同席してくれ」というような話が多かったけれど、COM編集室が目白に引っ越して、闘争中の組合員への気兼ねがなくなると、COM編集部に行ってアドバイスするように要請された。創刊年だけ毎号部数が伸び、黒字だったCOMは、2年目以後は編集方針が迷走して返品が多くなり、部数減と赤字が常態になっていたから、創刊当時の読者層を取り戻したかったんでしょう。こうして山崎さんの『ファニー』と清野さんの『れお』以外のCOM、虫コミ編集部員のほぼ全員と、以後顔見知りの戦友になっていったわけです。
COM創刊の時、校條さんが石森さんと半日かけて決定した「てなことになるのさ」というタイトルのギャグ漫画を、「それじゃダメだ」と山崎編集長に同道してもらって初対面の石森さんに会い、「詩のような漫画を描いて欲しい」と、「ジュン」にコロリとひっくり返したり、「こんな漫画俺にはわからん。やり直せ」と岡田史子の原稿を突っ返す山崎さんに「これが通らないなら辞める」と、大喧嘩して意地を通し、「太陽と骸骨のような少年」を全ページ載せたら、ページ数が少ないこの2作が、創刊号と2号で断トツの人気を集め、以後COMという雑誌の性格を決定づけたのを評価したんでしょう。人の都合などおかまいなしに呼びいつける方もいいかげんだし、呼ばれるとホイホイ行って、何も見返りがないのに洋子ちゃんをダンさんに紹介したりしてたこっちも、実にいいかげんで、親父の店にはずいぶん迷惑をかけていたと思う。
山崎さんが交通事故で死に、校條さんが出版部長になると「COM編集長にするから復帰してくれ」と言われて、再度虫プロ商事の給料をもらうようになったものの、「編集長の話はなしだ」と前言を翻され、やっと口説き落とした漫画家にも見放されて進退窮まり、心中し損なった岡田史子と結婚して、校條さん言うところの「野口伝説」が完結した。
(はずなのに、徳間に移ってからも呼び出され「明日の朝までにこれをまとめてくれ」と差し出されたのが、怪獣と怪獣が戦うとどっちが勝つか?というカラー見開き特集。「まったく興味ないから俺にはできないよ。レイアウトプロの石井ちゃんの仕事だろ」と断ったら「使えねえ奴だな」と軽蔑されたのが最後になった。校條さんのいいところは、自分が無能だと知っていて、人を使う術を心得ていることだが、手駒が「と金」なのか「香車」なのかの判断だけは間違えて欲しくなかった)
最後に、校條さんと僕は、同じ時期に昼夜交代で手塚番をしていたわけだが、相当後になって手塚先生のいわく「編集者を見る目はあるつもりだけど、校條さんだけは、いつまでたってもわからない」んだそうです。

Re: 『ビランジ』の校條さんインタビューを読んで - 中島 隆

2015/05/19 (Tue) 17:44:40

「手塚ファンマガジン」のインタヴュー。手塚さんに原稿催促しなかったけど、落とさなかったという話。成程と思いました。手塚さんが受けるという事は、そういう事ですよね。
校條さんの話。巧みに語られるので、人間臭い人物像が浮かび上がってきますね。語る事にかけて、野口さんは凄い才能がおありですね。驚きます。山崎出版部長追い落としの相談。どんなものだったのか、知りたいです。無理ですね。
先日、石井さんから、徳間に呼ばれた話を聞きました。野口さんの一言が原因だんたんですね。思わぬ所で話が繋がりました。
組合闘争は、なぜ起こり、どのように終息したのか、知りたいと思いました。
ミトコンドリアの母系遺伝の理由、解って嬉しかったです。理科が好きなんです。いい本を送って頂きました。有難うございました。

Re: Re: Re: Re: 中条省平/編『COM傑作選』上下読了。 野口 勲 URL

2015/05/15 (Fri) 15:24:18

中島 隆 様
『ビランジ』31号と32号届きました。薄い冊子を想像していたので、それぞれ200P前後のボリュームに驚きました。みなさんこんな風にまだ漫画と関わっておられるのですね。脱帽です。これからじっくり読ませて頂きます。ありがとうございました。
折り返し『手塚ファンマガジン』285号と286号、それに手塚先生の思い出にも一部触れている著書を一冊送らせて頂きました。ご笑覧頂ければ幸いです。

Re: Re: Re: Re: 中条省平/編『COM傑作選』上下読了。 野口 勲 URL

2015/05/12 (Tue) 16:47:34

「ビランジ」送って下さいますか。ありがとうございます。
「小瀬戸」という住所の方にお願いいたします。
お礼に僕のインタビューが載った「手塚ファンマガジン」をお送りしたいと思います。
とにかく漫画がわからない人間が、読者の思いなど無視して、形だけ作っている「こんなもんでいいだんべイズム」が許せなかったですね。COMは、身を持ち崩したとはいえ、僕の子供でしたから。
いま創刊当時のCOMの雰囲気を持っている漫画雑誌は、『コミックビーム』ぐらいでしょうか。この編集部は、漫画が好きで、センスオブワンダーがわかっているような気がして、唯一定期購読しています。まぁきっかけは、商品を買いにきた女性漫画家が、ウチの店を「漫画に登場させてもいいですか?」と、聞いただけなんですが。

Re: Re: Re: Re: Re: 中条省平/編『COM傑作選』上下読了。 - 中島 隆

2015/05/13 (Wed) 16:07:41

先ほど郵送しました。
「手塚ファンマガジン」頂けるとは有り難いです。
「コミックビーム」も読んでみます。商品を買いに来た女性漫画家って誰ですかね。興味湧きますね。
「漫画がわからない人間」の方は想像がつきます。

Re: Re: Re: 中条省平/編『COM傑作選』上下読了。 野口 勲 URL

2015/05/11 (Mon) 23:15:07

綴じ込みハガキによる読者アンケート自体は、僕の発案ではありません。(ハガキが挿入された1970年9月号から、僕は虫プロ商事に復帰しましたが、立場はあくまで虫コミの嘱託で、9月号で担当したのは、手塚先生が山形で描いた「トキワ荘物語」だけです)
ただ、帰って来たハガキの束を全部読んで、「COM読者白書」として誌面で公表しようと提案したのは僕です。でも、COMの編集部員ではないから、担当はあくまで瀬川君ですね。僕としては、読者はもとより編集部にも、ハガキをちゃんと読んで欲しかったんです。
校條さんには裏切られた思いもあるので複雑ですが、「びらんじ31」と「同32」は読んでおかないといけませんね。どうしたら入手できますか?
思い出をまとめておきたい気もありますが、出入りが激しかったのと、編集部に遊びに行ったついでに、頼まれてつい手を出してしまったりしたようで、我ながら仕事の経緯がいいかげんで、まともに整理できないんですよ。(赤田さんの『40年目の終刊号』の回想では、復帰後の仕事と思ってた「60人のまんが家直筆アンケート特集」が、バックナンバーを再入手したら、なんと半年も前の1970年4月号掲載だった。アンケート用紙の原案を作ったのは僕に間違いないのに、どうも編集部に遊びに行って、版下の案だけ作って、後は石井ちゃんに任せて帰って来ちゃったらしい。だから、漫画家を選択して依頼した編集部員が誰で、アイウエオ順を間違えて並べた元凶が誰なのかも、僕には今もってわからないわけですw)

Re: Re: Re: Re: 中条省平/編『COM傑作選』上下読了。 - 中島 隆

2015/05/12 (Tue) 16:21:09

そんなに出入りが激しかったとは思いませんでした。成程、わかってきました。読者を大事に考えてきたから、71年の合併号は、初心を失い終焉を迎えたと断じるものだった。随分苦い思いが籠ってたんですね。この時点で末路を予想されたという事ですか。それは、この時退社された瀬川さんも同じ思いだったんでしょうか?
「ビランジ(すみません。カタカナでした)」はお送りしますよ。新旧どちらの住所がよろしいでしょうか?
読まれたら、また思い出される事があると思います。ぜひ、お話し下さい。

Re: Re: 中条省平/編『COM傑作選』上下読了。 野口 勲 URL

2015/05/09 (Sat) 12:02:28

秋山氏とはあまり会話した記憶がないんですが、瀬川君は楠勝平さんの担当で、いつまでも心に残る漫画をもらっていましたね。『COM傑作選』で中条氏が「最重要の資料」と評価して下さった「COM読者白書」は、僕が冒頭部分を書いて、瀬川君に「こんな感じで続けて」と、データ分析以後を任せたんだけど、センスよくまとめてくれました。
萩原洋子ちゃんも別れた後の瀬川君の消息を「知らない」と言ってたけど、今どうしているんでしょうね。そういえば石井ちゃんも秋山氏の現在を「知らない」と言ってましたね。編集者よは、ただ消えていくだけの存在なのかなぁ。

Re: Re: Re: 中条省平/編『COM傑作選』上下読了。 - 中島 隆

2015/05/11 (Mon) 18:05:26

「COM読者白書」は野口さんが企画されたんですか。編集と読者を近づける画期的なものでしたね。また、読者が多様な要求を持ってる事を示して、貴重な統計になりました。これをやろうと考えた、野口さんの動機を知りたいですね。
秋山さんは、赤田さんの「COMの時代」で証言者の一人ですから、連絡は可能と思います。
「ただ消えていく存在」などではありません。絶対に。
校條さんがインタヴュに答える形で、編集者時代を詳しく話されてるのをご存知ですか?竹内長武君が発行する「びらんじ31」(2013年3月発行)と「32」(同年9月)に掲載されてます。漫画文化研究誌です。僕は夢中で読みました。
なので、野口さんにも編集者としての全仕事を語ってほしいと思っていました。ぜひ、ご一考下さい。

Re: 中条省平/編『COM傑作選』上下読了。 野口 勲 URL

2015/05/04 (Mon) 15:12:14

補足です。
なぜ合併号にしたかというと、遅れがちな発売日を調整するのが第一目的でしょうが、もう一点、原価計算上、二号分の原稿料を一号につぎ込むことで、今まで依頼できなかった大物にも原稿依頼できるというメリットが生まれます。西崎氏たち当時の経営陣は、ネームバリューに頼ることで部数像をはかれると考えたのでしょう。
しかし依頼はできても、元来が漫画家志望で、アルバイトあがりの若い編集者たちにとって、大物漫画家の原稿内容に注文をつけるというのは至難の技だったでしょう。
支えてくれていた読者を見失った雑誌の末路というのは、えてしてこんなものです。

Re: Re: 中条省平/編『COM傑作選』上下読了。 - 中島 隆

2015/05/08 (Fri) 17:34:54

秋山、瀬川さんは、5,6合併号の前に退社したようですね。代わって、大塚さんがアルバイトから正社員になった。野口さんのお話と符合します。「編集方針が見当たらない」というレベルでしたね。
そうして、「読者に覚醒と行動を促す」ですか、、。僕らは責任の重い所に立ってたんですね。
僕は中途半端な事しかできませんでしたが、亜庭、夏目、竹内君らは、営々と行動を続けてくれました。


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